練習問題

練習問題【3級日本史】- 歴史能力検定検定 -

  1. 設問1

    江戸時代の旗本・御家人について述べた【A】~【C】の文章を読み、あとの問いに答えなさい。

     

    【A】  将軍直属の家臣である(a)旗本・御家人は、俗に「旗本八万騎」と呼ばれたように、当初は軍事的役割が重視されていた。しかし幕政の安定にともない、戦乱のおこる可能性が低下した結果、幕府を支える(b)役人としての役割が大きくなっていった。なかにはその専門分野で才覚を発揮し、出世の糸口にした例もみられる。徳川綱吉の時代には、(c)荻原重秀が上申した財政再建築が採用され、勘定奉行にまで出世する契機をつかんだ。また(  )事件の際に浅野家の遺臣たちに討たれた吉良義央も、その専門知識で名を知られた人物であった。

     

    問1 下線部(a)の旗本・御家人について述べた文として誤っているものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  2. 設問2

    問2 下線部(b)に関連して、旗本が就任する役職の郡代・代官について述べた文として正しいものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  3. 設問3

    問3 下線部(c)の荻原重秀が実行した貨幣政策について述べた文として正しいものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  4. 設問4

    問4 空欄(  )にあてはまる語句として正しいものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  5. 設問5

    【B】  徳川吉宗に登用された(d)大岡忠相は旗本出身だが、功績が認められて大名に出世した。また徳川家治の時代の老中(e)田沼意次も、旗本から大名になった人物である。このような例も稀にみられたが、江戸時代も中期を過ぎると、大多数の旗本・御家人は貧困に苦しむようになった。これは幕府支配の根幹を揺るがしかねない問題であったため、(f)各種の救済措置が試みられたが、いずれも一時的なもので根本的な解決は困難であった。

     

    問5  下線部(d)に関連して、大岡忠相が関与した政策について述べた文として誤っているものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  6. 設問6

    問6  下線部(e)に関連して、田沼政治について述べた文として誤っているものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  7. 設問7

    問7 下線部(f)に関連して、旗本・御家人を救済するために幕府の採用した政策として正しいものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  8. 設問8

    【C】 旗本・御家人のなかには、文化面で名を残した人物もいる。例えば(g)大田南畝は勘定所の役人として勤務する一方、文学活動においても功績をあげた。また天保の飢饉に苦しむ貧民を救済するため、大坂で武装蜂起した(  )は、陽明学者としても知られていた。しかし長期の平和により、旗本・御家人の本来の役割である軍役提供者としての性質は失われていった。1862年に薩摩藩の意向をうけておこなわれた(  )の改革では、もはや戦力として期待できない旗本に対し、人員と金銭の供出を定める法令が発布された。この時に編成された西洋式軍隊が幕府歩兵隊だが、その奮戦とは対照的に、旗本・御家人の多くは幕府の滅亡を比較的静かに受容していった。

     

    問8 下線部(g)に関連して、大田南畝を代表的作者とする、五・七・五・七・七の音で構成された文学ジャンルとして正しいものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  9. 設問9

    問9 空欄(  )にあてはまる人名として正しいものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  10. 設問10

    問10 空欄(  )にあてはまる年号として正しいものを、次の1~4のうちから一つ選べ。